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「All You Need Is Love」


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トレニア 「カテリーナ」

匍匐性のトレニア、この色合い可愛いよね。
ナマズの可愛さだけ抽出したような口元と、
口腔の深い黒にぞっとさせられる。
「深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ」
これは、ニーチェ大先生が怪物と戦う者について書いた言葉で、
まあミイラ取りがミイラになるみたいな意味合いも含まれてるんだろうけど、
皆さんはこの深淵に何を見ますか?
よーく見てください。

鰻の寝床のように、間口こそ狭いが、底が見えぬほど奥行きがあり、
暗闇に目が慣れてくると、遠くの方から静かな光がまっすぐに伸びてくるのが分かる。
そしてその光を追いかけるようにして太い歌声が聞こえてくる。
聞き覚えがあるのだけれど、
音板の足りない木琴で演奏するような、どこか間の抜けたメロディーだ。
あまりに遠すぎるからだろうか。
それとも彼もその歌を思い出せずにいるのだろうか。
どちらにしても音が全く反響しないところをみると、
この花の内部はとてつもない広がりを持っているらしい。

そこへ折よく1匹のてんとう虫がやってきて、一輪のトレニアの花に止まった。
僕はいつもの遊びで「狼潜り」を始めることにする。
「狼潜り」というのは、生き物に自分の魂を乗せることで、
その体を自由に操ることができる超能力のことで、簡単に言えば、幽体離脱。
中世ヨーロッパには稀にこの能力を持つ人がいたと言う。
僕のは真似事のレベルで、まだ空を飛ぶことはできない。
「狼潜り」をするにあたってのコツは2つだけ。
まずは慣れ親しんだ生き物の体を借りること。
その生き物の癖みたいなのを知っていないと、
潜ったところでうまく動き出せないし、
ただアイを借りるだけならカメラで撮影すれば十分間に合う。
対象となる生き物になりきることで初めて、
自然のヴォイスを感じることが出来るのだ。
それに一応は僕なりのレイギでもある。身体を借りるのだから大切に扱わないとね。
そしてもう1つは、目で見ようとするのではなく、目の裏側を覗くようにすること。
まるで…そう、物語を読むように。

精神の跳躍。
早まっていく鼓動に耳を澄ませ、自分の輪郭を移し替えていく。
水を掬って、別のところに移すみたいに、それは僕の一部であり、僕の全てである。
静かに凝縮していくと同時に、激しくぼやけていく意識が、
心地よい息苦しさを伴って、鳩尾の上辺りに浮かび上がる感覚があり、
僕はそのまま一息に僕から離脱した。

…トレニアの口は、トンネルほどの大きさになり、
事実それはトンネルの入り口にしか見えない。
暗闇の淵と言うべきか、光の淵と言うべきか、
とにかく僕はそれにしがみつき、身を乗り出して目を凝らす。
遠くの方に先ほどの明かりが見える。暖かい色合いをした裸電球の光だ。
コードの先に天井はなく、何もない空間に宙に浮かぶように吊り下がっている。
明かりの下には、畳が2畳敷かれたわずかなスペースに
熱帯フルーツの絵柄をプリントした浴衣を着たお相撲さんが座っており、
目の前の卓袱台に置かれているのはまばゆい光を受けるいくつものレモン。
よく見ると、レモンは2つの山に分かれており、
お相撲さんは、左の山から、レモンを掴み取ると、
油性マジックで短く何かを書きつけては右の山へ移し替えていた。
特に楽しいわけでもなさそうだが、鼻歌を歌っているところをみると、
不機嫌なわけではないらしい。
「おーりゅにーでぃず らぶ」
「ふっふふふふーん」
「おーりゅにーでぃず らぶ、らぶ♪」
門前のカバが、習わぬ経を読んでいる歌声だった。
先ほどの間の抜けたメロディーは、
彼が歌うビートルズの『all you need is love』だったようだ。


一体何を書いているのだろう?
そう思うと同時に背中の方で何かが疼く感覚が生まれる。
まるで未曾有の鳥肌が立っているようだ。
後ろを振り向くと、鞘翅が無意識のうちに小刻み震えながら開いていく。
かっこいいなぁ。ガルウィングみたい。
でも「狼潜り」で僕はこの先を試みたことはない。
あとは確か、収納していた後ろばねを広げればいいのだけれど、
その後が分からなかった。
踏み切って跳んでから、羽を動かすのだろうか…
それともヘリコプターみたいに、その場で浮遊するのだろうか…
歩きながら考える癖を持つ僕はいつの間にか暗闇へ前足を踏み出してしまい、落下。
ひゅ〜〜ぅ〜〜ぅ……
手足をばたつかせること、サンバのごとし。

"まあるいまあるい お月さま 愛のひかりでほほえんで 森の月夜は更けました"

なんて歌っている場合じゃない。月夜はまだ更けてないのだ。
裸電球の光はそれほど遠くには離れていない。
そう言えば前に、てんとう虫が飛行するスローモー映像を見たとき
彼らはその手足を、真横にぴんと伸ばしていた。
それに倣ってみると、体の揺れは見事に安定する。
なんか、あれだ…ミッションインポッシブルで、
最先端のセキュリティールームに潜入したイーサン・ハントみたいだ。
あとは飛ぶだけだが、後ろばねは落下の力を借りて、勝手に開いていて
そこからはもう遮二無二、裸電球へ向かって、羽を動かし続けるだけだった。
その後の記憶はあまり無い。
道を踏み外した天才子役のように、悪あがきを続けた結果、
無数に伸びる艶やかな黒い糸の上にひっくり返っていた。
この空間は風が全くないので、それが幸いしたのかもしれない。
ゆっくりと身を起こすが、羽の収納の仕方が分からず、
後ろばねは飛び出るがままにさせておく。

さて直ぐ真上には、裸電球の明かりがあり、
この艶やかな黒い糸はどうやらお相撲さんの髷らしい。
うまいこと不時着したもんだが、彼は僕が飛んできたことに気づいていないらしく、
相変わらず『All You Need Is Love』を口ずさみ、
レモンに何かを書きつけている。
目線を上げると、トレニアの口から覗く空の青があまりに遠く、
スプートニクに乗せられた宇宙犬もこういう風に地球を眺めたのだろうか。
冷ややかに、鈍く、その青は美しい。帰れないと分かるほど美しい。
僕は少しぬめりのある髷の縁まで、恐る恐る歩いて行くと、卓袱台を見下ろした。
右の山のレモンには、画素数の荒いドット絵のような文字で、
「ジョン」とだけ書かれていた。
そう、ジョン・レモン。
たくさんのジョン・レモン。

以上、吹田千里丘のお花屋さん「花色」の弟の方でした。
いかがでしょう?
なんか最近ろくに、花の紹介して無いな。
もっと短いバージョンで書いてたんだけど、
僕がこのトレニアの口を覗いた時の感じをちゃんと伝えたかったから、
少し長めに書いちゃった。写真が下手なぶんもね笑
読書の方は、ピンチョンの「ヴァインランド」と
ウィリアム・シャイラーの「第三帝国の興亡」を読んでます。
バランスの取り方が素晴らしいよね。
思い立ったら感想書きます〜じゃあね、また明日〜

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■2020年

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by sakitosakitomorik | 2020-07-07 19:40 | 園芸

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by sakito